妄々録拾穂抄

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未成年に襲いかかる無秩序なネットのコミュニケーションの闇~「SNS 少女たちの10日間」(2020)~

SNS-少女たちの10日間-(字幕版)

すこし年度が古いが日本の18歳未満のインターネット利用率は令和元年度で92.3%*1である。スマホタブレットが手軽に使えるようになった今では驚くほどの数字ではない。利用機器の違いはあっても簡単にネットの世界に入っていける分、そこにある危険は誰かが守ってくれない限り剥き出しで襲いかかってくる。大人でさえ変なものに引っかかるのだから、子供が晒される危険度はその比ではない。

かなりセンシティブな話題だが本作はチェコにおいてインターネット上の児童の性被害について迫ったドキュメンタリー映画である。同国でも未成年の60%は保護者の管理無しでインターネットを利用しているとある*2。そして少なからず性被害に遭遇している。

そういった実態を2人のドキュメンタリー作家が調査しようと12歳の架空の少女SNSアカウントを作成しどんなことが起きるのか見てみようというのが出発だ。架空の少女たちになりきるのは18歳以上で童顔に見える女優たち。彼女たちは面接で選ばれるが本作の趣旨を説明されたうえで作品に参加するか問われる。彼女たちのなかにはその場で未成年のころのネット上での性被害の経験を語りだす志望者もいた。

準備は入念に行われ、スタジオに子供部屋を建て*3昼夜の状況を再現できるようライティングまで凝られている。性科学者、弁護士、カウンセラーなどサポート体制も整えられる。後の展開で明らかになるがボディダブルでヌード写真の自撮りさえ用意しているのはなかなか攻めていると感じる*4

スタート直後から展開は早い。SNS上にアカウントを作成しただけで十数人の男性がフォローするなどコンタクトしてくる。詳細なプロフィールを設定するうちもどんどんメッセージが届き、およそまっとうな倫理観があれば未成年には送らないであろう露骨な下ネタや写真もやってくるし、いくらなんでもと思うだろうがビデオ通話を求めてきていきなり陰部丸出しで自慰を始める中年男性*5が初っ端から登場する。他にも現実で恋に破れたからネットで彼女を探すんだと言ってアプローチしてくる者、なんだか机の下に隠した手がもぞもぞしている。僕に興奮してる?とか言いながら脱ぎだす男。よくわからんが孫もいるのに興味があるのか通話してくる老人。その中には実際に子供に関係する仕事についている、スタッフの知り合いまで登場する。仕込みでもなんでもないのがおそろしい。

結果から言うとこの10日間の実験中にアプローチをしてきた男性は2458人だという。ビデオチャットを求め本当に12歳か確認し「立って姿を見せてみて」、「ちょっと上着を脱いでみて」なんてことを言いながら最終的に「服をめくって胸を見せて」とくるのが常套だ。金銭で釣ったり言葉巧みに要求を呑ませようとし、断られれば捨てぜりふを吐いて去っていく。そして先述した通り興味本位の体で送ったヌード写真をネット上にばらまくぞとか親にバラすぞと脅しにエスカレートし、心理的暴力で従わせてもっと過激なことをさせようとする。

あまりにも露骨に一方的な立場の違いを利用した性被害あるいは性搾取の様相に、見るのも嫌になる人もいるかもしれない。実際かなりキツい。本国チェコでは15歳以下用の編集されたバージョンもあると聞いて少し驚いた。モザイクはかかっているがほとんどの男性が実名のうえに顔出しで、下卑た笑顔をしてるのも見えちゃったりする。家族や友人と一緒にいるからと言って隠れてまで連絡を取ろうとしてくるその根性はなんなのだ。SNS上の文化の違いを感じつつもこれがチェコに限らずどこの国でも現実に起こっているのだなというのは想像するに易い。暗部なんてものでもなくそこらへんで簡単に行われている*6

ただそんな彼らは一体何者なのだろう。

彼らのほとんどが小児性愛者ではないということは作中でも語られている。単に欲望を満たしたいだけ?幼稚な支配欲のため?どんな社会的背景を持って、SNSで未成年相手にこんな横暴な振る舞いに走っているのか。

強圧的で暴力的なネット上の性被害の実態は描かれているとおりである。そんな奴らのことなど掘り下げて知りたくない、性犯罪者にどんな眼を向けても構わない、そうリアリティーショーのように見て過度に感情的な反応を起こすのは容易*7だ。対岸にいる異常者としてオオカミのようなオスが排除されてスッキリ平和になりましたで終わるものだろうか。

本作の趣旨からは外れるが少女と男性という構図を外したら?少年と女性だったら?あるいはこれは社会的な孤独から来るネット上のコミュニケーションの攻撃性の話では?現実の社会的構造とどう関係するのだろうと、本作が扇情的であるがゆえに的外れでも枝葉でいろんなことを考えてしまう。剥き出しの人間のやり取りやいろいろな感情を煽る広告に晒されているこのネットで何が”ソーシャル”メディアなのだろうと思わないでもないが、「彼らは私たちではない」と「彼らは私たちの中にいる何者かなのか?」が引っかかってしまって単純に消化できない。

コミュニケーションの対象者へどんな傷を負わせるか考えもしないまま、ある者は子供をちゃんと育てていないと非難することで罪悪感を転嫁することで誤魔化し、ある者はまともな配慮や思いやりなど持ち合わせておらずモノのように扱う。弱者を精神的に支配し影響力を及ぼしたがる構造はネット上に限らず普遍に存在する歪みだ。現実世界で無力であるがゆえにネット世界で強権的に振る舞いたがるのは単にその立場が転倒しただけにすぎない。本作でそんな実際の構図を見せられると二重写しに正義感を煽られて懲罰的な加虐心と区別の付かない善意という名の悪魔に足をすくわれる。

無論彼らは擁護され得ないし欲望への貪欲さは見たままに卑劣であり、到底大人が子供に対して接する態度でないのも明らかだ。今作品はチェコ警察の性犯罪捜査にも資料として提出された。同様の事態が厳しく取り締まられなければならないのは日本でも変わらない。自分も子供に手を出す人間には嫌悪感を抱く。しかし賢しらになにかをわかった気にはなりたくないが、彼らの後ろにちらつくネットやSNS上の交流一般に関するありふれた人間の無軌道な醜悪さを考えてしまうのを捨てきれないでいる。

*1:令和元年度 青少年のインターネット利用環境実態調査 調査結果(速報)

*2:上記調査でも高校生になると保護者の監督なしにネットを利用している割合は同じようなものだ。

*3:子供時代使っていたもの等私物まで持ち込んでリアルな部屋づくりをしている。

*4:ただ合成するだけじゃなく編集で胸を小さくしたり幼く見える風によう作るなと思う。

*5:ここらへんは日本でもグラビアアイドルやコスプレイヤーがメッセージで男性器の写真を送られてきたりよくある。

*6:SNSのようなオープンの場に限らず、現在は不特定多数と話せる個別のトークアプリなどでも同様なことは行われていると思われる。そこまで行くと実態は想像できない。

*7:作中唯一おそらくまともにコミュニケーションを取ろうとしてくる男性がいるが、見る人によってはその男性にも嫌悪感を抱くだろう。ネット文化の違いもあるし、ドキュメンタリーという形を取っていながらある種フィクション的な舞台設定によって用意された構図を見せられているからだ。その男性を盛り込んだことすら一服の清涼剤的な演出という意図で見せられている構造もはらんでいるが。