妄々録拾穂抄

MowMowしている

ぼんやり生き方を考える

犬年齢で言うと4歳半くらいになった。人間でいうと35歳。

なんか思えば遠くへ、という気もしないでもない。

20代前半はうつ病どん底していて仕事もできない状態だったし、働きだしてから20代後半は少し上向いて、一緒にいたい人もいたけど結局うまくいかないで行き先定まらずに30代に入ってしまった。

今の職になってからは6年ほど。毎日経理と会計となんやかんややってきて、知識も使うしできる仕事ではあるが本音を言えばおもしろいとは思っていない自分がいる。

明確な階梯があるわけでもなく流されてたどり着くのも仕事人生のひとつ、とは言う。

実のところは知り合いの声かけで、もしかしたら短い腰掛けで終わるかもとおもいながら入った職場だったのもある。そのころはまだ復活して外の世界へ出ていくやる気というか希望があったころだった。

漫然と日々は過ぎ、状況も変化し続け、いまはどうだろうと思う日が増えてきた。

 

前後するがうつで”あった”というのは過去のことで終わったわけではない。

外的な病変のように切って治って終わりであればよかったが、私であることに起因している限り常に影は消えてくれなかった。自分の場合は大学生のころからだったので、働きすぎや外圧による発症ではなかったのである。

この5年に限っても日々の変調のサイクルはいつも自覚していたし、一度短期で休職もした。いまはうつと呼んでいいのかわからないが正常と異常のあわいで揺れている自分には不安がある。

 

本題に戻せば、お堅い言い方でキャリアプランというやつだ。

体調・脳の調子を考えるとあまりばりばり働いてるイメージは自分の中では持ちづらい。一方で変化を求めている面では新しいことをやってみたかったり自分の力が出せることがしたいと思う。

何ができるんだっけと考えてみたが、自分は好事家的に学ぶのが好きでも仕事になるほど体系的身につけたことなかったなと思い至ってしまう。まあ学ぶのは興味のままの趣味なのだから実際的なことばかりだと話が違ってくる。

収入も上げたいが自分も労らなくてはいけない。そもそも普通並みに働けるのか、職業上は凡庸で能力もないのでは。いろいろ思う。

もう一歩引くと、どこまで入れ込むか仕事自体を考えることに他人事感がないわけではない。仕事としてやりたいことってわからないし。

思ってるなかではなんだか贅沢だ。

まず田舎から出ろ。というのもひとつの選択肢だったかもしれない。若干言い訳めくと20代に比べて余程家のことは考えなきゃいけないとか自分以外の制約条件が厳しくなってきたのと落ち着く先の目当てが考えられない。

ある程度のことをお金で解決してしまえればいいのにそれも難しい。どういうときもお金は大事だが。

あれもできないこれもできないではしょうもなくなる。外から見える自分がどうなのかは別として、内心では身動き取りづらい心理状態があるのをほぐしていくしかない。

 

でも結局わからない。

若干投げやりな自分がいて、それ以上に破滅的に全部投げ捨ててしまいたくなる衝動もあって、焦燥感と居場所の落ち着かなさと。スタートからして社会一般の道からは外れてるので。たまたまいまは大通りに戻ってるだけでこれからまた脇道に入っていくほうが可能性あり。

みんなはえらい。自分は私生活の範囲ではやりたいことしてるけど社会生活はうまくいってる気がしないので。なんだか漠然と助けてほしいきもちでいる。

自分のことは自前でなんとかしたいのになんだかいつまでも怖さが残る。

 

とりとめがなくなるので終わるが自分はいつも古くて新しい悩みのなかでもがいている。どうしたらいいかわかってるようでわかっていない。やれることはあるはずだと思っていても実人生にうまく接続できないでいる気持ちが常にある。

本心でテコ入れしなきゃいけない時期だからこういうことを書くのだが、実際物事は激変しないし遅々としても地道になんかやってくしかないのだろう。

あんまりがんばらずに人生をがんばりたい。

あとやっぱみんなえらい。